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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)7号 判決

ドイツ連邦共和国

トロワスドルフーオベルラール マグダルネン シュトラーセ 19

原告

ゾビー ラビブ ギルギス

訴訟代理人弁護士

八掛俊彦

訴訟代理人弁理士

江崎光史

三原恒男

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

西村敏彦

横田和男

井上元廣

土屋良弘

東京都品川区大崎一丁目6番3号

被告補助参加人

日本精工株式会社

代表者代表取締役

荒田俊雄

訴訟代理人弁護士

久保田穰

増井和夫

訴訟代理人弁理士

大谷幸太郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用はすべて原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成3年審判第1197号事件について、平成5年9月6日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、補助参加によって生じたものは補助参加人の負担とし、その余のものは被告の負担とする。

2  被告及び補助参加人

主文1、2項と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1981年8月29日ドイツ連邦共和国においてした出願に基づく優先権を主張して、昭和57年8月27日、名称を「等速継手」とする発明(以下「原発明」という。)につきした特許出願(昭和57年特許願第147894号、以下「原出願」といい、その願書に最初に添付した明細書及び図面を、特に断らない限り図面を含め、「原明細書」という。)を原出願として、平成元年3月20日、名称を「等速継手」とする発明(以下「本願発明」という。)につき分割特許出願をした(平成1年特許願第66478号、以下「本願」という。)が、平成2年10月24日に拒絶査定を受けたので、平成3年1月21日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第1197号事件として審理し、本願につき出願公告した(特公平4-23133号、以下、出願公告時の本願明細書及び図面を、特に断らない限り図面を含め、「本願明細書」という。)が、特許異議申立てがあったので、さらに審理したうえ、平成5年9月6日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年10月6日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

周縁上に渡って配設されておりかつその軸線方向に延びる3つのガイド溝を備えた中空の外側機素と、外方に向けられた3つのアームを備えた外側機素の内方に位置する内側機素と、アーム上に支持されかつ外側機素のガイド溝中に位置する3つのローラとを有する等速継手において、ローラ31は円筒形であり、ストリップ状部材60、61、8は円筒形ローラ31とガイド溝壁11Lとの間に、接線力の直接伝達のために回転の少なくとも一方向に設けられ、そして円筒形ローラ31に面した側に平坦面66、82を有して溝壁11Lに面した側で外側機素1の軸線に対して平行に延びる円形ガイド面67を有しかつガイド溝壁の輪郭はこれと整合している輪郭11Lを有し、その結果ストリップ状部材60、61、8はその円形ガイド面の回転軸線S、SSのまわりで傾動可能であり、かつストリップ状部材60、61、8は外側機素に対しては軸線方向に関して固定されていることを特徴とする等速継手。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、原出願に包含された発明ではなく、本願は特許法44条1項の適法な分割出願として認められないから、本願の出願日は、遡及が認められず、実際の出願日である平成元年3月20日であるとしたうえ、本願発明は、特開昭61-17719号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明と同一であると判断し、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨の認定は認め、分割出願の適否の判断を争う。

審決は、本願出願が分割出願として適法であるにもかかわらず、適法と認められないと誤って判断し、その結果、本願の出願が原出願の時にしたものとみなされないものとして、本願発明に対して公知刊行物とならないものを引用例としたものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  審決は、「原出願の発明では、『ストリップ状部材を内側機素へ軸方向で固定し、外側機素に対し軸方向で移動自在とした』等速継手であるのに対し、本願の発明では、『ストリップ状部材は外側機素に対しては軸線方向に関して固定されている』等速継手であり、しかも、原出願の明細書亦は図面の何れにも『ストリップ状部材が外側機素に軸線方向に関して固定』されたことが記載されていない。」(審決書2頁16行~3頁3行)と認定している。

しかし、原明細書中には、本願発明の「ストリップ状部材は外側機素に対しては軸線方向に関して固定されている」ことが記載されていることは次のとおりであるから、審決の認定は誤りである。

原明細書(甲第3号証明細書)の特許請求の範囲の記載によると、この等速継手においては、内側機素の有する3本の外側に開いたアームにはそれぞれローラが保持されており、ストリップ状部材は、このローラと外側機素のガイド溝との壁との間に設けられ、外側機素の軸方向に移動自在であって、内側機素に固定され、回転方向で接線力を直接伝達することとなっている。

そして、原明細書の発明の詳細な説明の項には、「更にこの構造においての長所は継手の主な機能である継手の関節運動と摺・伸縮運動とが分離されている事である。実際の接合操作(注、「接合操作」は「関節操作」の誤記と認められる。)は内側機素とストリップ状部材との間で行なうが、一方摺・伸縮運動はストリップ状部材及び外側機素との間で行なわれる。この結果、上記2つの機能は各々互いの操作にとらわれずに最大限にその機能を発揮することができるのである。」(同5頁11~18行)と記載されている。

この記載によると、この等速継手においては、駆動軸と被駆動軸とを結ぶに当たって、外側機素と内側機素との軸線が両者の接する点で折れ曲がった状態にあり、回転力を伝達するときに関節運動が必要であること、駆動軸と被駆動軸との間の距離が変動するときに、それと合わせて外側機素とストリップ状部材との間で摺動が起こり、外側機素と内側機素との間に伸縮運動が必要であること、これらの関節運動と摺・伸縮運動とは分離して行われることが示されている。

そして、内側機素とストリップ状部材との関連を関節運動についてみると、その「固定」は、内側機素とストリップ状部材とをボール継手による固定手段で固定する傾動自在な固定であり(同6頁13~17行)、継手の不均質な振動や機械的なずれを調整できるようになっている固定であり(同13頁8~12行)、円筒ローラを用いる実施例においては、円筒ローラがストリップ状部材の平坦な面上を走行し、線接触の安定度を高める固定であって(同7頁19行~8頁7行)、固着でないことが明らかである。

次に、外側機素と内側機素に固定されたストリップ状部材との関連を摺・伸縮運動についてみると、外側機素とストリップ状部材との間で摺動が起こり、外側機素と内側機素との間に伸縮が起こるが、外側機素に対し内側機素が抜け出さない限り、ストリップ状部材も抜け出さない。このことについては、原明細書において、「例えば、ストリップ状部材と外側機素との間に、摺・伸縮運動用のストッパを設けたり、或いは内側機素とストリップ状部材の間に関節運動用のストッパを設けたりする事が簡単な機構ででき、その結果、継手の安全性及び信頼性が極めて著しく改善される。」(同5頁18行~6頁3行)、「外方への位置決め又はエンドストップについても同様で、ストリップ状部材41の平坦表面410は、外側機素1に組付けられるロッキングリング、ねじ、シートメタルハウジング等の外側部品に対して反対側の位置決め面の役目を果し、継手の分解防止に対し高い信頼性を無騒音で付与している。」(同14頁7~12行)と記載されている。

上記各記載中の「ストッパ」、「ロッキングリング」、「ねじ」及び「シートメタルハウジング等」が、ストリップ状部材が外側機素から抜け出て等速継手が分解するのを防止することを図るものであることはいうまでもないことであるから、これらが、外側機素に対してストリップ状部材を軸線方向に固定する固定手段であることは明らかといわなければならない。

このように、原明細書には、上記の意味で、「ストリップ状部材は外側機素に軸線方向に関して固定されている」ことが記載されているのである。

2  他方、本願発明の「ストリップ状部材は外側機素に軸線方向に関して固定されている」における「固定」は、「固着」すなわち一体化しているという意味での「固定」を意味するものではなく、抜け出さないようにするという意味での「固定」をも含むものであり、このことは、上記のとおり、原明細書において、ストリップ状部材が内側機素に固定するという場合の「固定」が、「固着」すなわち一体化しているという意味での「固定」を意味するものではないことからも明らかである。

すなわち、本願明細書には、ストリップ状部材の外側機素に対する軸線方向に関する固定の態様につき、「本発明による等速継手では、ストリツプ状部材がその円形表面の回転軸線を中心にして傾動可能に共通ベースに連結される。このベースにより、ストリツプ状部材を互いに、また外側機素にも簡単に軸方向を固定することができる。」(甲第2号証4欄27~31行)とも記載されているが、他方、「ベース9には、内側機素(図示せず)に軸方向で取付ける手段として孔91が設けられている。」(同6欄2~4行)とも記載されており、後者の場合、ストリップ状部材の外側機素に対する軸線方向の固定として示されているのは、ストッパにより抜け出さないようにするという意味での固定であることは、当然のことである。

このように、本願発明の「ストリップ状部材・・・は外側機素に対しては軸線方向に関して固定されている」における「固定」は、ストリップ状部材をストッパ等により抜け出さないようにするという意味での固定をも含むものであり、このようなものが原明細書に記載されていることは上述のとおりであるから、審決の前示認定が誤りであることは、明らかといわなければならない。

3  本願を不適法な分割とした審決の判断は、上記誤った認定を前提とするものであり、この誤りが審決の結論に影響することは明らかであるから、審決は、違法として取り消されなければならない。

第4  被告らの反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  原明細書に、原告引用の各記載があること、外側機素と内側機素に固定されたストリップ状部材との摺・伸縮運動に関する「ストッパ」、「ロッキングリング」、「ねじ」及び「シートメタルハウジング等」の記載が、これらの手段により、ストリップ状部材が外側機素から抜け出るのを防止する旨、すなわち等速継手の分解防止を図る旨のものであることは認める。

しかし、原明細書の記載をみれば、このようなストッパ等を設ける目的及びその機能は、内側機素へ軸方向で固定されたストリップ状部材が内側機素と一体となって軸方向に摺動するので、ストリップ状部材が外側機素から出ないようにすることを防止するためであり、ストリップ状部材が内側機素に軸方向で固定され、外側機素に対しては摺動自在であることを前提とした付加的機能であることは、明らかである。

このような場合に、ストリップ状部材が「外側機素に対し軸方向で固定されている」と表現することは、「固定」という用語の通常の用法を全く無視するものといわなければならない。

また、原明細書において、ストリップ状部材が内側機素に固定するという場合の「固定」が、「固着」すなわち一体化しているという意味での「固定」を意味するものではないことは認めるが、そのことは、そこで、ストリップ状部材が、内側機素へ「軸方向で固定」するものとされていることを、何ら否定するものではない。

すなわち、原明細書には、ストリップ状部材が「外側機素に対し軸方向で固定されている」構成を備えた等速継手の発明は何ら記載されていない。

2  一方、原告も認める本願発明の要旨において、ストリップ状部材は、「外側機素に対しては軸線方向に関して固定されている」とされているのであるから、「固定」という用語の通常の用法に従う限り、本願発明のストリップ状部材は、外側機素に対しては軸線方向に関して摺動することはないものとされていることは、明らかといわなければならない。

本願明細書(甲第2号証)に、ストリップ状部材と外側機素との関係につき原告引用の各記載があることは認めるが、これらの記載は、本願発明における「ストリップ状部材は外側機素に対しては軸線方向に関して固定されている」との「固定」が、ストリップ状部材が外側機素から抜け出すのをストッパ等により防止するという意味での固定であると解する根拠となるものではなく、むしろ、そのような意味ではないことを根拠づけるものといわなければならない。

原告引用の記載のうち、「ベース9には、内側機素(図示せず)に軸方向で取付ける手段として孔91が設けられている」(同号証6欄2~4行)という記載は、それ自体では、ストリップ状部材の外側機素との関係を明瞭に示すものではなく、この意味を明らかにする記載は本願明細書の他の部分にも見いだせないから、これをもって原告主張の根拠とすることはできない。

仮に、上記記載が原告主張の意味を有するとして、本願明細書には、ストッパ等によりストリップ状部材が抜け出さないようにする態様のものも開示されているとしても、他方、原告指摘の他の記載、「本発明による等速継手では、ストリップ状部材がその円形表面の回転軸線を中心にして傾動可能に共通ベースに連結される。このベースにより、ストリツプ状部材を互いに、また外側機素にも簡単に軸方向を固定することができる。」(同号証4欄27~31行)の意味するところは、外側機素との関係で軸線方向に摺動しないという意味での固定であることは明らかなことであり、本願発明は、この固定の態様のみを、「ストリップ状部材60、61、8は外側機素に対しては軸線方向に関して固定されている」として、その要旨に掲げたものであって、この固定の態様のものが原明細書に記載されていないことは前述のとおりであるから、原告の上記主張によっても、本件分割出願が不適法であることに変わりはない。

以上のとおりであるから、審決の認定に誤りはなく、原告主張の審決取消事由は理由がない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  原明細書(甲第3号証明細書)の特許請求の範囲の記載は、「軸方向に沿って周面に3本のガイド溝を設けた中空の外側機素内に、夫々ローラーを保持せしめた3本の外側へ向いたアームを有する内側機素を配設し且つ上記アームとローラーとを上記ガイド溝内へ位置せしめた等速継手に於いて、上記ローラー30、31とガイド溝の壁11R、71との間へ、夫々少なくとも一方の回転方向で接線力を直接伝達するストリップ状部材41、61、8、51、600を設け且つ該ストリップ状部材41、61、8、51、600を内側機素2、20へ軸方向で固定し、外側機素に対し軸方向で移動自在としたことを特徴とする等速継手。」というものであり、これによれば、原明細書の特許請求の範囲に記載された発明は、ストリップ状部材は、内側機素に対しては軸方向で固定されているが、外側機素に対しては軸方向で移動自在とされている構成を備えた等速継手の発明であることが認められる。

そして、原明細書の発明の詳細な説明の項をみると、そこでは、まず、「本発明は、軸方向に沿って周面に3本のガイド溝を有する中空の外側機素と、該外側機素内にあって、夫々ローラーを保持せしめた3本の外側に向いたアームを有し、これらアームとローラーとを上記外側機素のガイド溝に位置せしめる内側機素より成る等速継手に関する。」(同1頁18行~2頁3行)として、その発明の対象を明らかにし、この種の等速継手の従来例の欠点を指摘し(同2頁8行~4頁6行)たうえ、同発明の目的を「本発明は、従来の構造の継手で生じる周期的におこる軸方向の変動力を一方の回転方向にて軽減し、或いは生ぜしめないようにした継手を提供することにより、丈夫で、簡単且つ信頼性のある等速継手を提供するという目的を有する。」(同4頁7~11行)と述べ、次いで、「上記目的を達成する為に、本発明は、ローラーとガイド溝の壁間の少なくとも一方の回転方向側にストリップ状部材を設けて接線力を直接的に伝達し、該ストリップ状部材を内側機素に対しては軸方向で固定し、外側機素に対しては軸方向で移動自在としたものである。」(同4頁12~17行)として、同発明の特徴を説明し、これに続いて、この構造を持つ等速継手の長所を述べた(同4頁18行~6頁3行)後、内側機素のローラーを球状ローラーとした場合、円筒ローラーとした場合につき説明している(同6頁3行~11頁5行)が、そのいずれの場合も、ストリップ状部材が外側機素に対しては移動自在とされていることを当然の前提として説明していると認められる。

その図面(第1~第7図)に記載された具体的な実施例についての記載(同11頁6行~21頁5行)を検討しても、ストリップ状部材を内側機素に対して固定する具体的態様については、様々な例が挙げられているが、これらは、いずれもストリップ状部材が外側機素に対しては移動自在とされていることを当然の前提として、その構成を説明しているものであって、発明の詳細な説明の項を締めくくる記載において、「以上説明して来たように、この発明によれば、その構成を中空の外側機素に設けた3本のガイド溝の壁と、外側機素内へ配設する内側機素の3本のアームに保持せしめたローラーとの間へ、夫々少なくとも一方の回転方向で接線力を直接伝達するストリップ状部材を設け且つ該ストリップ状部材を内側機素へ軸方向で固定し、外側機素に対し軸方向で移動自在としたことにより・・・多くの効果が得られる。」(同21頁6行~22頁3行)とし、さらに、なお書きとして、「以上説明してきた作用、効果が期待できる本発明の『等速継手』の具体例を列記すれば、次の通りである。」(同22頁4~6行)として、列挙されている21例の等速継手(同22頁7行~26頁19行)が、いずれも「ストリップ状部材を内側機素へ軸方向で固定し、外側機素に対し軸方向で移動自在とした」構成を備えているものであることが認められる。

これらの記載によると、原明細書には、ストリップ状部材は、内側機素に対しては軸方向で固定されているが、外側機素に対しては軸方向で移動自在とされている構成を備えた等速継手の発明のみが記載されていることが明らかである。

そして、原明細書におけるストリップ状部材と内側機素との固定が、「固着」すなわち固く付着したという意味での「固定」を意味するものではないことは当事者間に争いがなく、原明細書の記載によれば、その固定は、ストリップ状部材が内側機素との関係で関節運動は妨げられないように傾動自在であり、また、継手の不均質な振動や機械的なずれを調整できるように、半径方向に沿ってわずかに移動できるが、いずれにしても軸方向には移動できないような関係で両者が一体化されていることを意味しているものと認められる。

このように、原明細書においては、ストリップ状部材は、上記の意味において内側機素へ軸方向に固定されているのに対し、外側機素に対しては軸方向で移動自在とされているのであって、ストリップ状部材が内側機素に「固定」されているのと同じ意味で、外側機素に対して「固定」されている構成については、全く開示がないといわなければならない。

2  一方、前示当事者間に争いのない本願発明の要旨によれば、ストリップ状部材は、「外側機素に対しては軸線方向に関して固定されている」とされていることが明らかである。

この「固定」との用語は、本願明細書(甲第2号証)において、特許請求の範囲において、上記要旨に示すとおりに用いられ、その発明の詳細な説明の項において、「ストリツプ状部材は外側機素に対しては軸線方向に関して固定されている」(同号証3欄20~22行)、「本発明による等速継手では、ストリツプ状部材がその円形表面の回転軸線を中心にして傾動可能に共通ベースに連結される。このベースにより、ストリツプ状部材を互いに、また外側機素にも簡単に軸方向を固定することができる。」(同4欄27~31行)、「第1図に示す実施形態による継手には、3個の円筒状ローラ31が、軸方向を固定されて、3本のアーム22に取付ける。3本のアームは、プレス加工等によつて内側機素20に強固に固定されている」(同4欄44行~5欄4行)として用いられているほかに、特段の記載はないことが認められる。

すなわち、本願明細書において、「固定」という用語は、特段の定義ないし限定の下に用いられているのではなくて、通常の用法に従って用いられていると理解するほかはなく、そうであれば、本願発明の要旨に示された「ストリツプ状部材は外側機素に対しては軸線方向に関して固定されている」構成をもつ等速継手の発明が、原明細書に開示された「外側機素に対し軸方向で移動自在とした」構成をもつ等速継手の発明とは別個の発明であって、原出願に包含された発明ではないといわなければならない。

3  原告は、原明細書中に示されている「ストッパ」、「ロッキングリング」、「ねじ」及び「シートメタルハウジング等」によって、ストリップ状部材が外側機素から抜け出て等速継手が分解するのを防止する構成が、外側機素に対してストリップ状部材を軸線方向に固定する構成である旨主張するが、原明細書には、「ストリップ状部材を内側機素へ軸方向で固定し、外側機素に対し軸方向で移動自在とした」構成を備えた等速継手の発明のみが記載されていることは上記のとおりであり、原告主張の分解防止の手段は、上記構成を備えた等速継手を前提にして、内側機素と軸方向で固定されたストリップ状部材が内側機素と一体となって、外側機素との関係で軸方向に移動自在であるので、このストリップ状部材と一体化した内側機素が外側機素から抜け出て等速継手が分解することを防止する手段であることは明らかである。原告の上記主張は、原明細書において、ストリップ状部材と内側機素との関係を「ストリップ状部材を内側機素へ軸方向で固定し」とし、ストリップ状部材と外側機素との関係を「外側機素に対し軸方向で移動自在とした」として、両者が異なる関係として明示されていることを無視する主張であって到底採用できず、その他の原告の主張も、上記説示に照らし採用できない。

4  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、94条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

平成3年審判第1197号

審決

ドイツ連邦共和国 5210 トロワスドルフーオ ベルラール マグダルネン シュトラーセ 19

請求人 ゾビー ラビブ ギルギス

東京都港区虎ノ門2-8-1 虎ノ門電気ビル

代理人弁理士 江崎光好

東京都港区虎ノ門二丁目8番1号 虎ノ門電気ビル

代理人弁理士 江崎光史

平成1年特許願第66478号「等速継手」拒絶査定に対する審判事件(平成4年4月21日出願公告、特公平4-23133)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

[1]手続きの経緯

本件は、1981年8月29日のドイツ出願を基礎とした特願昭57-147894号(昭和57年8月27日出願)を原出願とする分割出願であり、審査において特許法第29条第2項の規定により拒絶査定されたところ、当審において平成3年12月5日手続き補正書が提出され、これをもとに平成4年4月21日に出願公告され、これに対して特許異議申し立てがなされた。

[2]本願の発明の要旨

本願の発明の要旨は、出願公告された明細書及び図面からみて特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「周縁上に渡って配設されておりかつその軸線方向に延びる3つのガイド溝を備えた中空の外側機素と、外方に向けられた3つのアームを備えた外側機素の内方に位置する内側機素と、アーム上に支持されかつ外側機素のガイド溝中に位置する3つのローラとを有する等速継手において、ローラ31は円筒形であり、ストリップ状部材60、61、8は円筒形ローラ31とガイド溝壁11Lとの間に、接線力の直接伝達のために回転の少なくとも一方向に設けられ、そして円筒形ローラ31に面した側に平坦面66、82を有して溝壁11Lに面した側で外側機素1の軸線に対して平行に延びる円形ガイド面67を有しかつガイド溝壁の輪郭はこれと整合している輪郭11Lを有し、その結果ストリップ状部材60、61、8はその円形ガイド面の回転軸線のまわりで傾動可能であり、かつストリップ状部材60、61、8は外側機素に対しては軸線方向に関して固定されていることを特徴とする等速継手。」

[3]分割出願の適否

本願の分割出願の適否について検討する。

原出願の発明では、「ストリップ状部材を内側機素へ軸方向で固定し、外側機素に対し軸方向で移動自在とした」等速継手であるのに対し、本願の発明では、「ストリップ状部材は外側機素に対しては軸線方向に関して固定されている」等速継手であり、しかも、原出願の明細書亦は図面の何れにも「ストリップ状部材が外側機素に軸線方向に関して固定」されたことが記載されていない。

そして、原出願の発明のようにストリップ状部材を内側機素に固定した場合は、軸方向には滑り接触、傾動方向にはころがり接触の複合運動であるのに対して、本願の発明のようにストリップ状部材を外側機素に固定した場合は、軸方向にも傾動方向にもころがり接触運動であり、両者は作用的にも全く異なるものと認められる。

よって、本願の特許請求の範囲第1項に記載された発明は、原出願に包含された発明ではなく、本願は特許法第44条第1項の適法な分割出願とは認められないから、本願の出願日は、遡及が認められず、本願の実際の出願日である平成1年3月20日である。

[4]引用例の発明

特許異議申立人新海章夫が提出した甲第4号証(特開昭61-17719号公報、昭和61年1年25日出願公開、以下引用例という。)には、「ハウジングの3本の凹軌道と、軸の3本のトラニオンに遊嵌して前記3本の凹軌道にそれぞれ嵌合する円筒ローラとの間に、この円筒ローラを挟むように、U字形の調心部材を介装して成り、かつ、この調心部材は、前記凹軌道との摺接面を円筒面とすることによって、ハウジングに前記凹軌道と相対回動可能に取り付けるとともに、前記円筒ローラとの接触面を平面とすることによって、その平面を円筒ローラの転動面としたことを特徴とするトリポット形等速ジョイント。」

が記載されている。

[5]対比判断

そこで本願の発明と引用例の発明とを対比すると、引用例の発明の「調心部材」「円筒ローラ」「平面」「円筒面」「ハウジング」「凹軌道」は、本願の特許請求の範囲第1項に記載された発明の「ストリップ状部材」「ローラ」「平坦面」「円形ガイド面」「外側機素」「ガイド溝」にそれぞれ相当し、また、引用例の発明の「トリポット形等速ジョイント」は、本願の特許請求の範囲第1項に記載された発明の「周縁上に渡って配設されておりかつその軸線方向に延びる3つのガイド溝を備えた中空の外側機素と、外方に向けられた3つのアームを備えた外側機素の内方に位置する内側機素と、アーム上に支持されかつ外側機素のガイド溝中に位置する3つのローラとを有する等速継手」に相当するものと認められる。

更に、引用例の発明の、

「凹軌道と円筒ローラとの間にこの円筒ローラを挟むように、軸と独立して設けられるU字形の調心部材を介装してなり」は、

本願の特許請求の範囲第1項に記載された発明の「ストリップ状部材は接線力の直接伝達のために回転の少なくとも一方向に設けられ」に相当し、引用例の発明の、

「調心部材は凹軌道との摺接面を円筒面とすることによって、ハウジングに凹軌道と相対回動可能に取り付ける」は、

本願の特許請求の範囲第1項に記載された発明の、「ガイド溝壁の輪郭はこれと整合している輪郭を有し、その結果ストリップ状部材はその円形ガイド面の回転軸線のまわりで傾動可能であり」

に相当するものと認められる。

従って、両者は単に表現上の相違に過ぎず、実質的に同一の構成である。

[むすび]

以上のとおり、本願の発明は前記引用例に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

よって結論のとおり審決する。

平成5年9月6日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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